同じ小田急線ユーザーなのに都会マウントをとってくるひなこから回ってきました。1年MFの石井晴天です。神奈川県民を蔑視している彼女に秦野を使う権利はありません。
初めに、平素より上智大学ラクロス部の活動を支援してくださっている全ての方々に、心より感謝を申し上げます。これからもご支援の程、よろしくお願いいたします。
さて、激動の夏も終わり、あっという間にウィンターの季節がやってきました。
人生で初めてキャプテンを任されたサマー。
今まで個人競技ばかり経験してきた自分にとって、サマーは「流れ」というチーム競技の難しさを強く感じさせられるものでした。
特に初戦の東大戦は、今でも鮮明に覚えています。スコアした瞬間。やまとのアシストで勝ち越し、勝てると思った瞬間。自分のボールダウンで失点した瞬間。負けた瞬間。忘れたくても忘れられない記憶が、自分の中に蔓延っています。
東大戦後は、なおきさんを初めとしたコーチ陣や仲間達に申し訳ない気持ちでいっぱいで、キャプテンとしてチームを鼓舞しなくてはならない立場でありながら、自分は何も声を出すことができませんでした。
その後、得失点での決勝へ一縷の望みをかけて臨んだニ戦目は到底勝てる雰囲気ではなく、流れを変えようと必死にプレーしたものの、東大戦の濃さとは相反して、驚くほどあっさりと負けを許しました。
目標にしていた優勝とは程遠い形でサマーは終わり、悔しさからか、自分の不甲斐なさからか、自然と涙が溢れました。
それからというもの、サマー前までは日々感じていた成長が、全くと言っていいほど感じられなくなりました。ルールや人数の変化と同時に正式なポジションが決まっていき、同期たちはそれぞれが自分の”個性”を発揮していく中、自分はこれといった個性が見つけられないまま、日々上手くなっていく同期たちを見て焦りを感じる毎日でした。
そんな中、ウィンターに向け、1部で関東優勝を果たした明治学院大学と合同を組むことが決まりました。明学プレイヤーは全てがハイレベルで、合同練のたびに圧倒され、薄々感じていた自分の実力不足を確かなものとして受け止めました。
このままだとやばい。本気でそう感じられたことは自分にとって大きな実りだったと思います。そこからの1ヶ月は、毎週明学へ武者に行ったり、自主練の量と質を高めて明学になんとか喰らいつこうと、自然に練習量が増えていきました。
それが身を結んだのか、パスもショットも少しずつ成長を感じるようになり、66も理解して、周りを見て自分の役割がだんだんとわかるようになってきました。苦手だったロングとのわんわんも、こうへいやあつやと何回も勝負して、少しは脅威を出せるようになった気がします。
練習量を増やしたのと同時に、小さな怪我も増えました。指の怪我の再発や、膝の怪我により1週間ほどラクロスができない時もありましたが、同期の敏腕トレーナー達のテーピングのおかげで今でもなんとかプレーすることができています。トレーナーのテーピングやマネージャーのグラメがなければ自分達はプレーすらできないと考えると、スタッフの方々には感謝してもしきれません。
そしてもう一つ、明学との合同で技術面と同じくらい痛感したのが意識面の差です。メニューごとに質の高い反省を出し合い、全員が”勝ち”にこだわって一つ一つの所作を考えながらこなす。当たり前のようで難しいこと、自分達に足りていなかったものが目に見えてわかりました。
このような環境で練習できたことは、自分にとって大きな学びになり、上智での練習や日々の自主練を根本から見直すきっかけになりました。いくつか揉め事もあったそうですが、今では明学と組んで良かったと心から思っています。
思っていたよりだいぶ長くなってしまったので、ウィンター本番の意気込みは少しだけ。
ここ最近自分はエゴというものに悩まされています。肝心な所でパスを選び、わんわんやショットから逃げる場面が多いように感じます。
「自分が”ミスしないように”するプレーの方がよっぽど自己中心的。」
尊敬する先輩が引退ブログで言っていたことです。もう逃げパスはしません。サマーからここまで指導し続けてくれたなおきさんや神崎さん、明学のコーチへの感謝も込めて、本番ではチームの勝利のために”エゴ”を出して戦います。
最後に、練習試合ではほとんどがATの得点だったので、本番はMFのスコアで試合を決めてやろうと思います。
まとまりのない文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。本番はどうか応援の程、よろしくお願いいたします。
次は良い身体すぎてスタッフ転向が悔やまれるようすけに回します。AT/TRもありだと思うよ。

