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2022

【引退ブログ #12 MF 市川京汰】

第589代モンゴル帝国国王の長山よりラクロスメンヘラという称号をいただきました、

男子ラクロス部4年、市川京汰です。



毎年楽しみだった引退ブログを、自分が書く側になってしまうとはもはや怖さまで感じますが、この激動の4年間の締めくくりとして本気で(マジで)書きました。


うまくまとまっていない、稚拙な文章になってしまいましたが、僕がこの部活で過ごした、3年間と数ヶ月で感じたことを率直に記します。


他の同期とは多分感じてきたことが大きく違い、少し重い部分もあります。

メンヘラですので。


気づいたらバチクソ長くなってしまいましたが、早くブログ書いてくださいよと急かしてきた後輩どもは目ん玉かっぽじって読み込んでください。




はじめに、市川の歴史を振り返ります。


僕は一年生の冬に途中入部しました。

きっかけはキングコング橋口まさふみという男との出会いです。



当時所属していたサークルの夏合宿に、髪を金髪に染めて暴れ散らかしていたドデカマッチョがいました。


話してみるとそいつはラクロス大好きなゴリラで、彼に誘われてこの部活の見学に行ったのが一番最初のきっかけです。


大学生活ダラダラしていただけで、何かしでかしたいけど何をすればいいかわからない。

橋口まさふみとの出会いがそんな俺の大学生活を大きく変えました。



何度か練習の見学に行く中で、

互いに高め合う同期の姿、距離の近い上下関係、ラクロスという未知のスポーツ、、

たくさんのこの部活の魅力に惹かれていきました。


そして何より、同期が3位という結果を残したウィンターステージ。


僕は外から観戦しましたが、

この光景に衝撃を受けたのを覚えています。


感情をむき出しにして試合に臨む同期。

パスを繋いで得点が決まったら、

心の底から声を張り上げ、抱き合っていた。


今までの大学生活ではみたことのないこの光景に、僕は自然と突き動かされました。


「彼らと同じコートに立ち、勝利の喜びを分かち合うこと。」


ここを目標に定めて、1年生の冬、ラクロスという世界に一歩踏み出しました。




入部はしたものの、当然のことながら同期といかに距離を縮めるかが第一関門でした。


途中からチャラついた男が唐突に部活に入ってきたわけですから、最初は警戒されてなかなか距離を縮められなかったように思いますが、1週間くらいで口臭いっていじられ始めたので上手く馴染みました。第一関門突破。

(俺以外に口臭いって言ったら友達いなくなるよ)


また先程紹介したモンゴルの長山王子が俺に余っていた防具をくれました。

実際、彼のおかげで部活に馴染めたようにも思います。



馴染んだはいいものの、問題はラクロスの技術力です。

ここが俺のラクロス人生で最大の難所でした。




入部当初、何をすればいいかわからずに

1人で壁当てをする日々でしたが、2週間くらいでしゅんぺいさんに呼ばれ、全体での66に入れられました。

訳分からなかったです。


そして、当たり前ながら、憧れの同期との間には雲泥の実力差がありました。


この差をいかに埋めるのか、考えました。

俺は決して運動神経がいいわけではないし、頭がいいわけではない。

そんな俺が追いつくには当然ながら、

みんなよりも長い距離を走るしかない。


そう思って、下級生の頃はほぼ毎日壁当てと筋トレを続けてました。


移動中には自分の練習動画の確認、歩いている時にはランショのファームを練習、暇さえあれば壁orジムへGo。


日々ふざけてはいましたが、

目標に近づくことだけを考え続けて、実行してきたつもりです。


必死に食らいついて、なんとかAチームに所属できた21シーズン。

俺は1秒も試合に出られませんでした。


ほとんどの同期が大舞台で活躍している中、自分は突っ立っているだけ。


悔しくて、悔しくて、。

富士通の帰りにカウラたちの前で突然泣きじゃくり、木村カーの空気を地獄にした

「富士通大粒涙の変」を起こした事もありました。



その悔しさは前のブログに書いた通りです。


まあ、少し頑張ったくらいの人間がリーグ戦だなんてそんな甘い世界じゃありません。




残された道は22シーズンのリーグ戦出場。

「来年こそ」という思いで、うまくなることだけを考えました。


「All out」というスローガンの通り、一つ一つのプレーに全身全霊で打ち込み、

ラントレを走り、壁当てをし、筋トレを続けました。

今まで以上にラクロスに時間を捧げ、一部昇格の一要因となるべく、悩みながらも地道に努力を続けました。


その結果、疲労骨折もしました。

原因は走りすぎと言われ、引退も考えられると。

こんなに惨めで馬鹿らしい話はないです。

もうどうしようもないやり切れなさで溢れて、病院の帰りに幹部のみんな、長山前田に泣きながら電話しました。

グリーンのキセキ流すべき名シーンです。


そこからはひたすらトレーニングの毎日です。

もちろんメンタルが通常でいられるはずもありませんが、トレーナーのみんなが、親身になって疲労骨折の原因を考えてくれたり、俺に合わせたリハビリメニューを立ててくれたりしました。


辞めてしまったリサは、常に俺のことを見てくれていて、本当に感謝しています。

ありがとう。

そのおかげでなんとか6月には練習復帰できました。


そして迎えた四年のリーグ戦。


結論ファーストで伝えると、自分が見ていたのは、去年と、一年の頃と同じ景色でした。



ディフェンスがボールを落とし、オフェンスがパスを繋いで得点を決める。

勝利の喜びを分かち合う同期の姿。


そこに自分の姿はなくって、相変わらず傍観するのみ。


現実は残酷です。


同期が全員試合に出ている中、

自分だけ出られていない。

ピッチに立つ同期たちの中に、

自分はいない。

試合後、お互いを讃えあう同期の話に、

自分は出てこない。


自分はいてもいなくても変わらない。


まさにメンヘラです。きもいですね。

ですが、これ、想像以上にメンタルにきます。


もちろん、スポーツは実力の世界です。

上手くなれなければ、永遠に出られません。

それでも、この現実を受け止めるにはなかなか時間がかかりました。


練習中も、みんなといる時も、どんな時も、

常に心の片隅に劣等感と疎外感は付き纏う。


気持ちが沈み続けました。

特に試合前後の瞬間は苦しさ以外、何もなかった。


あの憧れの景色は、憧れのままでした。



ここまで書いてきたように、僕のラクロス部での日々はズタボロなものです。

特に成功体験はありませんし、おかげでメンヘラにもなりました。


それでも僕は今もここにいます。


どうしてここまで食らいついてこれたのか。


今振り返ってみると、その理由は一つだけでした。



それは、誰よりも部活を楽しめたからだと思っています。




ラクロスは、しんどいです。

でも部活のみんなとラクロスをするのは、めちゃくちゃ楽しいです。

どんなしんどい練習でも、早すぎる朝も、長すぎる移動も。

同期が、後輩が、仲間がいたから、乗り越えられたと思っています。


そして、練習中に少しでも成長を感じ、仲間とその喜びを共有した時。


これが、何よりもモチベーションでした。


辛さも、悔しさも、眠さも全て含んで部活が楽しかった。

自分に伝説の背番号12を受け継いでくださった先輩がおっしゃっていたように、部活は楽しいだけじゃ楽しくありません。


挫折を経験し、それを克服する喜びを仲間たちと共有して初めて、「楽しさ」が生まれます。


自分は誰よりも挫折を経験しました。

そして、誰よりも泣いた自信があります。


だからこそ、人一倍部活を楽しめました。



もちろん、今リーグ戦でガンガン出まくってたらもっと楽しかったでしょう。




ですがラストイヤーの俺には、後輩たちという強い味方がついてくれています。



3年の一部と2年のみんなは俺がどれだけヘマをしても、どんだけショボいプレーをしても

「けーたさん!」って言って駆けつけてくれました。


正直、本当に助けられてました笑


お前らがいなかったら俺はここにはいません。

どっかで折れてたと思います。


君らの存在が自分にとってはすごく大きなものでした。


今日の育成リーグは負けたけれども、みんなのおかげで一点取れました。


後輩たちが駆け寄ってきてくれたあの瞬間は、自分にとっての憧れであるあの景色に限りなく近づいた瞬間だったと思います。


本当にありがとう。



そんな後輩たちも、一人一人と話してみると、それぞれ何かしらの悩みを抱えていて、日々もがいていることに気づきました。


余儀なくポジション変更し、モチベが下がってる奴、

ラクロスを好きになれない奴、

度重なる怪我でもどかしさを胸に堪えながら、リハビリを続ける奴、

絶賛挫折中の奴。



各々に何かしらの悩みの種があって、

どうしても部活を楽しみきれていない後輩たちは少なくないかなと思います。


そこで、今シーズンの恩返しと言ってはなんですが、俺が掴んだ部活が楽しくなるコツを2つ教えようと思います。


保存必須です。まだどこにも公開してない限定情報をここにだけ載せます。

メモの準備を。




1つ目。

やってみてください。


何かやってみてください。何でもいいです。

毎回の練習で一つできないことに挑戦するでも、

新しい制度を提案してみるでも、

リーダーに立候補するでもなんでもいいと思います。


何か自分にないものを得たいと思った時、やってみることが一番大切なことです。

やってみなければ永遠にできるようになりません。


普段の自分よりも一歩進めるように、昨日の自分よりもほんの少しだけ頑張ってみてください。

その結果、たとえそれが成功に終わらなかったとしても決してそれは無駄にはなりません。

仮に失敗があるとしたら、それは何もしないことです。


修造松岡顔負けの熱い言葉ですがこれはガチです。




2つ目。仲間を頼ってください。


部活をしていると、どうしてもしんどくなってしまう時があります。


やめたくなる瞬間はきっと誰にでも訪れます。


自分の能力のなさから、この部活にいる意味がわからなくなったり、全く訳のわからない理不尽から、つい泣いてしまうこともあると思います。


俺なんてこの部活で経験したのはそんなんばっかりです。


どうしようもないように思うかもしれない。


でも、そんな時だからこそ、

仲間を頼ってください。


酒でも飲みながら、心のうちを曝け出してみてください。

割と同じようなことを思っていたりしますから。


きっと寄り添ってくれるはずです。


長山が、ふみが、けいごが、けいすけが、しょうごが、れなが、みんなが。


みんながいたから俺はなんとか壁を越えて来れられました。


今のみんなが同期じゃなかったら、とっくに辞めていたと思います。


チームだから、なかなかわかってくれない奴もいるでしょう。

甘い。そんなこと考えてるくらいなら練習しろ。とか抜かしてくる奴もいるでしょう。


そういうやつはほっときましょう。



今のみんなは一人一人違う個性を持っていて、なかなか一つの方向に向いていくのは難しいかも知れません。


でもだからこそ、本音でぶつかり合いながら一緒に悩んで泣いて、感情を共有していけば、きっとチームは強くなり、部活を楽しく感じられると思います。



以上二つの鉄則ですが、



これを徹底的に遵守してもなお、楽しさを見出せないのなら、その時は任せてください。

俺やモンゴリアン長山の出番です。

四年の代で特に鼓舞しあってここまできた気がします。

だからこそ、これから、もしくは今みんなが抱いている葛藤に一番寄り添えるのも多分俺らだと思っています。

みんなが不器用ながらも部活に本気で向き合おうとしていることは、俺が一番みてきました。


一人一人しっかり強みを持ってるし、それを活かす力を全員持っていると思います。

しんどくなった時には、いつでも呼んでね。




長くなってしまいましたが、というかマジで長いんですけど、

最後に感謝を伝えます。


まず両親。

体育会に途中から飛び込んだ俺を全力で応援してくれて、ありがとう。

八王子だから朝早すぎるのに、最寄りまで送ってくれた回数は数知れません。

どれだけ悩んで帰宅しても、美味い飯があったから元気出ました。

面と向かっては言えませんが、本当に感謝しています。



次に後輩たち。

さっき伝えた通りだけど、今シーズンは本当にありがとう。

みんなのおかげでラクロスが少し好きになれました。めっちゃ楽しかった!!

離れちゃう奴もいるかも知れないけど、一部で日本一目指せるように頑張ってくれ!

時々気が向いたら顔出すね(多分出さない)



そして、同期。

1年のあの時に、ラクロス部への入部を決めた自分に心からありがとうを伝えたいです。

この伝説の代の1人であったことは、一生の財産になりました。

みんなに出会えて本当によかった。


これ以上言うと明日以降ほざくやつがいそうなのでやめます。




アナウンサーかよと言わんばかりのクソ早い時間に起き、

インペルダウンかよと言わんばかりのクソアチい中で臭え防具つけながらクソしんどいこと乗り越えたんです。

残りは一部に行くだけですね。



千葉も成蹊も明学か日体も、全員フルボッコにして最高の景色を一緒に見に行こう。



ちなみに俺は試合に出るつもりでいます。

なので俺が勝たせます。


OB OG、関係者の皆様、

上智史上最強の代の集大成、

応援の程よろしくお願いいたします!!




次は、最近火星に移住してパワーアップした全日本ゴキブリを守る会第45代名誉会長・原彰吾くんです。

部活辞めたいが口癖のこの男、本当はアツイ心を秘めたやつなんです。

乞うご期待!


4年 MF 市川京汰


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