引退ブログのトップバッターで回ってきました、4年OFの新妻昌樹です。トップバッターという大役を任され緊張していますが、拙い文章になってしまうと思いますが少しでも読んでもらえたら幸いです。
まず初めに、平素より上智大学男子ラクロス部に多大なるご支援・ご声援を賜っている皆さまに、心より御礼申し上げます。日々の活動が成り立っているのは、OBOGの皆さまをはじめ、コーチ陣、保護者の方々、そして応援してくださるすべての方々のお力添えのおかげです。この場を借りて、改めて感謝申し上げます。
私は今どこでこの引退ブログを書いているでしょうか?
正解は手術前日の病室のベッドの上で書いています。病院に入院していると何もすることがなく1日が長く感じてしまうため、引退ブログを書くにはうってつけのタイミングだと思います。(1番は入院しないことだけど)
このブログが出ているということは、たぶん手術は成功しているはずです。
4年間あまり大きな怪我をしないでいた私がなぜ今、4年最後のリーグ戦期間中に入院しているかというと練習中に前十字靭帯の断裂をしてしまったからです。
忘れもしない、9/12 成城大学第2グラウンドでの合同練習が最後の私の練習となってしまいました。
朝グラウンドに着くと前日の雨がグラウンドにまだ溜まっており、高い湿度と曇り空のどよんだ空気がそこにはありました。
練習前に同期と「前に、ここのグラウンドででえぐいチェックを貰って怪我したから、今日は怪我しないように頑張ろう」と言ったフラグを立てるかの様な会話をしていたことを覚えています。練習する前から自転車に乗って痛めた足をいたわりながら、絶対に怪我をしないと思いアップをしました。
そして、練習が始まり1時間くらいが経った頃、スクエアグラボが始まりました。2回目のグラボ、相手は成城大学の方、負けるわけにはいかないと思いながらグラボをしようと足を出した瞬間、膝全体に体感したことのない程の痛みが一瞬に襲い、気づいたら倒れていました。
正直その後のことは痛すぎてあまり覚えていませんが、痛みが引いてきた時きれいに朝の同期との会話で建てたフラグを回収してしまったと朝の会話が蘇ってきました。
練習を途中で抜け病院に行き、MRIを取り、MRI高いなー、たぶん重めの捻挫だろうなとそんな風に思ってました。数日後MRIの結果を受け取りに行き、整形外科の先生にその結果の封筒を渡しに電車に乗っていた時、つい魔が差してしまい、その封筒を開けてしまいまいした。
封筒を開けた瞬間、「前十字靭帯断裂」という文字が目に入ってきました。昼間の電車の風景が急に灰色に変わり、何も考えることができなくなりました。
その足でMRIの結果を持ち、病院の待合室で名前が呼ばれるのを待っていました。医師からはスポーツ復帰するには手術をするしかなく、リハビリを含めて半年は治るのにかかると言われ、実質的な引退を告げられました。
こんな味気の無い引退に強い後悔とやるせなさがありました。そして時間は怪我が治らないことを横目に無常にも時間は経ち、気づけば今、病室のベッドの上で引退ブログを書くに至ります。
怪我をして練習や試合に参加できない時間を過ごす中で、4年間ラクロスをして何を得た、感じているのかといったことについて考える機会が多くなりました(もしかしたら引退ブログを意識していたかも)。
4年間ラクロスをしてきて得たものと言えば、鍛えた体、ラクロスのスキルといったものがあると思うが、自分が1番に考えるのは「人」であると思います。
ラクロスをする中で様々な苦楽を共にしてきた仲間ができたというのは自分の中で最も大きな財産だという風に思います。普通に大学生活をしていても友達はできると思うが、ラクロス部でできた仲間はそれ以上のものであると思います。
良くビジョンミーティングでラクロスを続ける理由はなにかといったことを聞かれると思うのですが、私はこの問いにいつも人と答えます。
もちろんラクロスがスポーツそのものとして面白いというのもあるのかもしれませんが、私の場合は特に同期のおかげでラクロスを続けることができたと思います。
自分たちの代は良く泣いていることが多い代だったと思います。サマーでは学芸に負けて、その年の入れ替え戦で3部に降格し、翌年は上入れ替えで惜しくも負け、そして去年は入れ替え戦にすらいくことができずに、悔し涙を流してきたことが多い代だなと個人的には思います。
だからこそ、同期が試合で負けて涙を流している姿を見るのではなく、試合に勝って喜んでいる姿を見たいと思うからこそラクロスを続けているのだと思います。
ということで最後に感謝パートを書きたいと思います。
1年生
まず初めに、上智大学男子ラクロス部に入部してくれてありがとう。たくさん入ってくれたおかげで、部活がより一層、明るくそして賑やかになった気がします。
サマーではAチームもBチームも応援しているこっちまで熱くなるような試合をしてくれて、上級も負けてられないと思うようになりました。今年の1年生は個性が多い子が多く(どこの代もそうだけど)、特に自主練投稿を見てると1年生の熱い想いというものを感じることができ授業中良く見てます。
しゅうすけへ ブラザーとして何かしてあげれてかは分からないけど、ロングがんばれ!
2年生
2年生はいつまでも1年生のイメージが自分の中にありますが、試合やプレーをしている姿を見ると1年の時からめっちゃ成長したと感じます。
2年生が初めてオフェンスミーティングに参加してしばらくした時、ゆうほがボイスメモで文字起こしようとしていた時にはやっぱこの代はZ世代だな(笑)と思ってしまいました。そんな自由でのびのびとした2年生達はこれからもっとラクロスが上手くなって上智のラクロス部の主力になっていくことを願ってます。
3年生
まず新歓が上手くいかなくてごめん。
3年生を一言で表すと少人数精鋭がぴったりだと思います。どの学年より人数が少ない代になってしまいましたが、だからこそ同期同士で仲が良く一人一人がラクロスに真摯に熱く向き合っている印象があります。
練習内では3年生が良く声をだしていて、部活動全体の熱気が3年生から生まれていると思います。来年は3年生達が率いるチームになり、どんなラクロス部になるのか楽しみです。
最後に同期へ
対面だとあまり自分の素直な気持ちを伝えることができないため、長くなってしまいますが1人1人書いていきたいと思います。
ゆう トレーナーリーダーとしてプレイヤーを支えてくれてありがとう。プレイヤーは文句が多く、まとめるのが大変だったと思うが、ゆうのおかげでリハビリにたくさんいた4年生達も練習に復帰することができたと思います。
なな トレーナーとして4年間プレイヤーを支えてくれてありがとう。ななとは練習中に良く話した気がします。練習がキツイ時とかリハビリ中のレストの間にななに愚話を聞いてもらったりして助かりました。あと、お互い同じアルバイト先で働いていて、よくバ先の愚痴を聞いてくれてありがとう。ななのラストランいきます。
みいゆ マネージャーリーダーとして部活を支えてくれてありがとう。ボールが当たると怒ってくるみいゆがマネージャーとして部活を率いている姿をみると成長したなと感じます。メニューの間で話過ぎることや、備品が当たるとすぐに文句をいったりしちゃうことがあったかもしれないけど、そんなプレイヤーを支えてくれてありがとう。あと、簿記の授業の単位とって、卒業しようね。
たくみ ディフェンスリーダーとして上智を率いてくれてありがとう。たくみとは同じ中央線組で良く車や電車の中で話して、どんな話をしていたか下らない他愛もない話ばかりであまり覚えてないです。練習中にたくみとマッチアップすると絶望しますが、味方のディフェンスにたくみがいると安心感があり、次の試合でも安心して試合を見られると期待してます。
けいた 中央線組のドン。1年の時はあまりけいたと話したことはなかった気がしますが、いつの間にか距離が縮まっていました。けいたとはたくさんの誤解やすれ違いがありましたが、その分だけ仲良くなれたと思います。俺が入院する時に全体の連絡グルで連絡流した時に、1番にリアクションしてくれて地味に嬉しかったです。あとラインもありがとう。また、今年も一緒にクリスマスマーケット行こうね。
とうま 機創の数少ない同期。とうまとは同じ授業を取ったりしてラクロスだけでなく勉学の面でも一緒に苦楽を過ごしたのが良い思いです。最近では巷で「オフボールのとうま」と呼ばれたり呼ばれなかったりしていて、プレイヤーとして各段に成長したと感じます。とうまがロボット工学を履中したことだけは心残りですが、最終戦で活躍する姿をみるのが楽しみです。
つぐ 見た目は子供、年は先輩。リハビリの時に良く一緒にトレ室でトレーニングして毎回ベンチプレスのマックスを更新していたのが懐かしいです。今では、あれだけいた4年リハビリも俺しか残っていないけどマックス更新できるように頑張ってます。次にトレ室でつぐに会うときはマックス更新できるように頑張ります!
とうや 生粋のSSDM とうやといえば短パンノースリーブ。膝の怪我があってプレイできていない時期もあったけど、最近とうやがディフェンスとしてプレイできている姿を見れてうれしいです。あとブログの時、毎回とうやに回してさすがにもう飽きたと思っていましたが、今回ブログの順番が変わり、とうやにブログを回せなくなるとなると少し寂しいきもします。
せいご せいごにはめっちゃ感謝してます。せいごは覚えてないかもしれないけど、どこか夏の練習のMTGの後にパスの練習に付き合ってくれたことを今でも鮮明に覚えてます。縦振りができずに、横降りばっかしていた自分のパス練習に付き合ってくれて、気が付けば2時間くらい練習に付き合ってくれていたと思います。おかげで、多少は縦ぶりになった?気がします。ありがとう。あと、年始らへんに江の島一緒に行ったときに、せいごの運転で酔っちゃてごめん。
S.S アカペラ歌うまゴーリー。最初はみんながS.S呼びで本名が本当に分からなかったです。ゴーリーとして上智のゴールを守ってくれて頼もしい存在です。S.Sとはいろんなことを話したからなにを書けばいいか分からないから、とりあえず東中野のラーメン屋また一緒にサシで行こうね。
こうよう バリスタ兼ラクロッサー。こうようは途中でFOに転向して、一緒にオフェンスをしていたことが今では懐かしいです。あと、こうようがスタバで働くと言った時は、すごく驚きましたが、今となっては俺よりバンドレベルが高くなって悔しいです。こうようが働いている間に1回はバ先にいきたいです。
そうじろう 前十字靭帯断裂の先輩で後輩。前十字靭帯断裂して手術が決まった時、色んな不安があったけど、そうじろうから前十字靭帯断裂の術後が痛いという話をしていく中で覚悟が決まりました。そうじろうも同じ境遇で乗り越えてきたと考えると、自然と自分もこの怪我を乗り越えなくてはと思うようになりました。今度2度目の手術があると思うけどその時は、先輩としてお見舞いに行かせてね。
ひろき ひろきとは同じファミリーになることが多かったね。練習中でもひろきから色々アドバイスを貰うことが多く、日常生活でも最近では服装や髪型や就活のアドバイスを受けるなど色々お世話になりました。浜町の練習のあと、モーニングを1時間くらいしてクレカの使い道や服装を激詰めされたのも懐かしいです。唯一の心残りはファミリー会に参加できなかったことです。またファミリー会があるかは分からないけど集まろう。
けんご(さん?) 5年生。けんごさんは同期なのか先輩なのか分からないけど同期っていうことにしておきます。けんごさんが同期として戻ってくる時、さん付けするかどうかすごい迷ってました。けんごさんとは住んでいる地域が近く、同じ壁を使っていたり、バ先に出没したりしてびっくりしました。雪が降る日に公園で一緒にパスキャをしたのも、夜いきなり壁当てしてたところに突撃されたのも今では良い想いでです。あの公園の壁も今となっては懐かしいものです。1年生にあの公園を使っている子がいるので、安心してあの公園から引退できますね!
えいし オフェンスリーダーとしてオフェンスを束ねてそして率いてくれてありがとう。えいしと俺は良く似ている(?)と言われることがあります、今でそれは良く分かりません。えいしも去年の夏、前十字靭帯断裂をしていて、怪我までは似たくなかったです(笑)。けど、えいしが理科大戦でハットトリックを決めたときは、やっぱり試合だと頼りになる同期だと思いました。安心して試合を見たいので、次の試合でもしっかり点を取ってね。
かんた 一番ラクロスが好き(?)な男。4年生になっても毎朝テニスコート側の所に一緒に荷物を置き、今日も練習頑張るかといっていた時が今となっては懐かしいです。練習中でも早く帰りたいと口では言ってはいますが、しっかり練習あとすぐに動画を見返すところや、グラボを拾いきる所は尊敬しています。引退したら、一緒にどこか温泉とかゆっくりできる所に行こうね。
こたろう LINEの名前変えすぎて原型留めてなくてごめん。こたろうとは学科とコースが一緒だったから部活外でも一緒にいることが多かったね。まさか教習場まで一緒になるとは思っていなかったけど。こたろうとは一緒にいすぎて、ブログで何を書けばいいのか分からないけど、とりあえず4年間ありがとうね。引退して来年から会えなくなると思うと寂しけど、来年もどこかで会える気がしてます。
けんたろう 主将としてチームを引っ張てくれてありがとう。けんたろうが主将で良かったと思ってます。具体的に何が良かったかと言われると困りますが、チームの人格者たれ熱共者たれという文化をけんたろうは常に体現して、その文化を作っていたと思ってます。試合前の円陣の時、けんたろうの一言があるのですが、個人的には「この試合勝って、おいしいご飯を食べましょう」がけんたろうらしくて一番のお気に入りです。主将として最後まで走りきって、最高の景色を見せてください!
そろそろ病院の消灯時間になったのでブログを書くのはここまでにしたいと思います。まだ書き足りないことはたくさんありますが、それは手術が終わってみんなに会った時に伝えます。
明日の手術、自分も頑張って、そしてリハビリをして皆の試合に応援しにいきたいと思います。その時、試合が終わって皆が笑ってる姿を見たいのでリーグ戦はあと残り2戦になりましたが、後悔が残らないように皆で圧倒昇格できる様に全力を出し切りましょう!
次は、部活内で一番恋多き(?)漢けいたに回します。どんな面白い文章が書かれてるか楽しみです!
4年 MF 新妻 昌樹


